人間はすごい

10月。数ヶ月ぶりに、また川崎にきた。理由は簡単だった。

9月末に、祖父が入院したと知らされた。余命宣告もされているらしい。

そんな話を聞いて、かなりショックを受けた。

数時間泣きに泣いて、そのまま寝込んでしまって、起きてから必死に祖父との記憶を辿りはじめた。そして、わりとすぐにピンときた。祖父はあまり自分の話をしないのだけど『行きたかった場所』の話は何度かしてくれていた。「海ほたる」だ。たしか「調べたんじゃがの、車じゃなぁと行けんゆうんでぇ」と言っていた。

しかし、よく調べると海ほたるを経由する路線バスは運行されているらしく、すぐに行ってみようと決意していた。せっかく関東に住んでいるのだから、写真を撮って、もし祖父にお見舞いできるタイミングがあれば、印刷して渡してあげたいなと思ったのだ。


というわけで、川崎駅で高速バスに乗る。VISAタッチにも対応しててすごいけど素直にSuicaで。川崎の市街地から工業地帯をぐんぐん進んで高速道路、そして地下トンネルへ。

乗ってるバスが千葉のやつだったので、Safety Drive CHIBA

海底トンネルから上がってくると、なんだかよく分からないすごい構造の道、そしてそのままなんか謎の建造物が見えてくる。これが海ほたるかー。まじでデカいカーフェリーみたいな見た目してる。

海ほたるは、いわゆるパーキングエリア扱いなのだけれど、海上の人工島に作られており、1階〜3階までは方面別の駐車場で、4〜5階がお土産や食事スペースになっていた。

祖父がなぜここに来たかったのか、なんだかよく分からず、でもとにかくいろいろと見て、写真を撮った。撮るしかなかった。祖父は建築の仕事をしていたから、そもそもこういう建造物には興味があるのだろうけれど、じゃあどんな写真を取れば祖父が喜んでくれるのかは、よく分からなくて、とにかく撮った。

そうやって、うろうろしながらパシャパシャしているうちに、木更津方面の展望デッキに出た。そしてこの景色を見た。こんなところにパーキングエリアが出来ていることの不思議さや、奇妙に曲がりくねった道路、そのスケールの大きさに、素直に感動を覚えていた。

反対側には道の姿はなく、風の塔(海底トンネル内の給排気塔のある人工島)がそこに海底トンネルがあることを告げている。そして、その横を船が通過したり、飛行機が飛んでいったりするのを見るにつけ、ああ、人間って、人間の仕事って、やっぱりすごいんだ、と素直に思った。

「おじいちゃん、人間でよかったよね」という思いに駆られた。おじいちゃんも、こんなすごいものを作れる種族として生まれたんだ。おじいちゃんだって、すごいものをたくさん作ったのは知ってる。そのおかげで僕たちもごはんが食べられた。でも、ここ、本当にすごいよ。おじいちゃんも来られればよかったのにね。

自分は、ふかくふかくそう思いながら、写真を撮るしかなかった。

ほんとうはそばにおじいちゃんがいて、どんな風に感じているのかを知りたかった。でも、実際に一緒にここに来られたとしても、祖父と自分は会話のプロトコルがまったく違うし、お互いに臆病なので、たぶん微妙な表情で、思ってることとは違うことを、ちょろちょろっと話すことしかできないだろう。僕たちの難儀なところだなぁと、無い頭で考えたりした。

日差しも強かったし、難しいことを考え続けてしまったし、とにかくあまりにも疲れてしまった。

「ああ、でも、おじいちゃんがここに連れてきてくれたんやなぁ」と改めて日が沈みかけている海を見ながらスタバの甘ぁいほうじ茶ラテを飲み干したのであった。


数日して帰広し、祖父に写真を見せた。結局、祖父は写真をちゃんと見てはくれなかった。でも、うみほたるの話を少しだけする。もう、認知症がかなり進んでいて、顔付きはいつもと違っていたが、過去の話はかなり正確に話せている。

認知症のときの祖父は、とくに数字が苦手だった。缶ビールは800円になり、自分の年齢も間違える。でも、それ以外、あまり変なことは言わない。しかし、やっぱりそれは祖父とは違う気がしていた。

うみほたるの話をした直後、いつもの祖父の表情に戻った。そして、自分のことを孫だと認識したらしく、名前を呼んでくれた。そして、こう言い放った。

「おい、もう再々帰ってくなよ。寿命じゃけぇ。」

ああ、そうだ。この人は、こんなにも美しい言葉を話せる人だった。自分は、その言葉を言われたとき、泣くしなかなった。これは、明確に、この人のプロトコルで、愛してるよと言っているに違いないと思った。


それからまた一ヶ月と少しして、祖父の体調が本格的に悪くなってしまった。数週間、本当にいつどうなるか分からない状況が続いた。

ある夜、母親から電話があった。「あのねぇ、おじいちゃん、体調ようないけんねぇ、でんわ。おじいちゃんに、耳元で」と言われた。咄嗟に出た言葉は、あなたからもらった「再々帰ってくなよ」への返答だった。

「あのね、あした、あした帰るけぇね。」

祖父はもう、たぶん、なんにも分かってないんだろうなと思う。でも、あなたからもらった、愛してるよの返事として、受け取ってもらえているはずだ。


祖父は、その30分後、阿弥陀仏のはたらきによって仏になったらしい。

あなたがよく言ってた「お前はつまらんのぉ」の意味が、ようやく分かった気がします。

余命宣告どおりに、あまりにも几帳面に亡くなったあなたは、最期の最期まで、本当にクソまじめで、なんともつまらん人でした。

つまらん孫で、ごめんね。でも、あなたがつまらん人でよかった。

大好きだったよ。


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